秋の匂い

2016-10-21

秋の匂い


僕は、過去に6度の引っ越しをしている。
いずれも18歳以降であるが、

1度目は地元からの上京、2度目は実家の引っ越し。3度目は制作スタジオの引っ越し、4度目は東京自宅の引っ越し、5度目は制作スタジオの引っ越し。

そして6度目の引っ越しは、

少し都会の景色に飽きた。



日野「静かで、だけど不便にならないくらいのところに住まないか?車を買ってさ」

妻「どこでもいいよ。あなたの好きなところなら。」


元来、僕は引っ越しが嫌いな性分だ。なぜなら、今見てる景色が過去になるから。もう見れなくなるから。終わってしまうことが悲しいから。

かつて僕は、ある人からこう言われたことがあった。

「おまえと、おまえの周りにいる人たち、家族友人含めて全てを否定してやる。お前にはトラウマを与えてやる。」

困惑もしたが、腹も立った。
しかし、今に至って感じ入るところがある。
僕が弱かったのだと。

自分は弱い人間だと。



しかし、人には黙っていられないことがある。もう無いものは無い。
ただ、一時そのことに時間と心を費やしたとしても、向き合うべきは今、そして未来であり、過去に振り返り、怒りを燃やしたり後悔に時間を費やすことは塵や芥に同じ、取るに足らぬものであろうと感じ入る。


そんな中、僕は家族と引っ越しをした。

ふと、秋の夜空、月、風、秋のにおいを感じて、昔を思い出したのだ。

少し前では感じなかった匂い。
懐かしい。
この匂い。なんだろう?そうか、秋の匂いだ。

ってね。

 
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マグロソング

2016-10-16

マグロソング


昨今、岩牡蠣ブームが俄に到来し、オイスターバーを訪ね歩いている日野です。

海産物はなんて美味しいのでしょう。信じられない美味しさでございます。
更に、季節は秋〜冬にさしかかり、魚の美味しい季節になりました。
どうしましょう、いくらヘルシーとはいえ、太ってしまうのではあるまいか。。

そんなことはさておき、
魚と言えば、マグロ!
マグロと言えば、魚!

キングオブ魚といっても過言ではあるまい。
刺身といい、お寿司といい、カマ焼きといい、美味なことこの上無し。
強いて難点を申すならば、美味しすぎて食欲が収まらぬことではあるまいか。

そんな熱いマグロ愛を込めまして、此の度曲を書かせて頂きました。

名付けて!
マグロソング!!

きっと皆さんの中に眠っているマグロ愛、いや、マグロだけに留まらず和食愛を呼び覚ますことでありましょう...。




早速沼津港でマグロ丼を食して参りました。
誠に美味であります。

さて、今回の制作チームは下記の通り。 

作詞・木村明里 作曲・日野悠平
歌唱・渡辺和貴(男声)/木村明里(女声)

スーパーマルエツ内にて放送中


このマグロソング、とても楽しく笑顔たっぷりな曲になっています。

みんなでマグロを食べて、笑顔たっぷり幸せな食卓を囲みましょう〜!


 

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まーいーかー

2016-10-7

まーいーかー


「まーいーかー」
最近の口癖である。
齢30を重ね、様々なことを経験した故に、人間あきらめも肝心である。

このくらいが妥当であると。
そう、無難に、失敗せず、転ばないように歩くといった具合か。
しかし、やはり僕はここで転ぶ訳にはいかないのだ。




先日の友人との会話

友人「で、何にするか決まったの?」
ひの「そうねだいたいね〜」
友人「お、いつ買うの?」
ひの「いまでしょ!」
友人「・・・決まってないな、さては」
ひの「そうともいうー」


決断というものは、なかなか難しい。
特に、それが滅多にないことや、大きな事象であれば尚更である。

まーいーかーー、と妥協には至らぬこともあるのだ。

しかし、時もそう長々と待ってくれるものではない。
物事には頃合いと言うものがある。

約3〜4ヶ月間、僕は休日や、休憩時間にネットで検索を重ね、とにかく結論を下すため、研究を行った。


そして、先月、僕はPC上でついに見つけたのだ。これがまさに「運命の出会い」ってやつだ。
僕はすぐさま、サイトに書かれている番号に電話をかけた。

まだ残っている。しかし、問い合わせ殺到中とのこと。

すぐ行くから待っててー!!

僕は家を飛び出した。

そこからは、もう何があったか覚えていない。
決断は、突然迫られるのだ。
これも世の常。


友人「で、ようやく決めたと?」
ひの「そうさ、まーいーかー、ですよ」
友人「ひのさんも、ついにまーいーかーか!」
ひの「エヘへへ」
友人「で、どんなのにしたの?」
ひの「これさ、みてみて!」


長い長い検討期間を経て、ようやく決めたマイカーは、白くて格好可愛い、そんなやつ。
これから、自分と家族の幸せを乗せて、よろしく頼むよ!
 

 

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カセットテープ

2016-10-3

カセットテープ


先日、荷物を整理していたら、汚い字でタイトルの書かれた古いカセットテープの束と、SONY製の壊れたカセットウォークマンが出てきた。

数十年物のそのウォークマンは、小学3年生の頃、父親から受け継いだものだ。
見た目こそ古めかしいが、昔の電化製品は頑丈と思わずにはいれない作りで、僕が高校生くらいになるまで壊れずにいた。

このなんとも懐かしいものを見つけた時、懐かしさと同時に、当時抱いていた初々しい音楽への情熱が僕の頭を駆け巡った。




カーステレオ「Yesterday~…」

少年ひの「良い曲だねーー。ねえねえ何この曲?」

ひの父親「お!悠平はビートルズが好きか!」

少年ひの「なんて人が歌ってるの?」

ひの母親「ポールよ。もう名曲中の名曲よ〜!」



的な会話が繰り広げられた...気がする。

当時、まだ小学三年生だった少年ひのの感性にYesterdayが鋭く突き刺さった瞬間。
両親は嬉しかったようで、それからというも、いつも以上にBEATLESの音楽が鳴るようになった我が家である。

僕にとっての音楽の出会いは、3歳の頃から習い始めたヴァイオリンであったが、自分自身が音楽に対する興味と憧れを意識したのは、この小学三年の時だ。
初めて作曲をしたのも、小学校三年生の時で、週に1回あったコンピュータの授業で、スーパーユキ(だったと思う)というソフトを使って、簡単な音符の打ち込みをして見ようと言う回があって、その時に打ち込んだ3拍子の曲が人生最初の自作曲となった。その時の曲のメロディは、さすがに覚えていないが、よく出来たらしく、先生の手によってクラスみんなの前で披露されたことは覚えている。

当時、両親は週末になると、よくドライブに連れて行ってくれたので、カーステレオから流れる音楽に、少年ひのは大いに影響された。
何せ、ドライブを楽しめる年齢ではなく、流れ行く景色よりも、カーステレオから流れる音楽を聴くことで退屈を紛らわす、と言った具合。

内容は、BEATLESが大半だったけど、ビージーズ、カーペンターズ、ジャニスジョプリン、かと思えばドビュッシー、ラヴェル、と様々だった。
その時の車越しに見た景色とポールの歌声がリンクして今でも強く記憶に残っている。


そのとき時代はカセットからMDに移ろうとしていて、我が家もあっという間にMDに切り替わった。
カーステレオも父の家電好きもあってか、時代最先端のMDにあっという間に切り替わった。その早さたるや、まさに電光石火の如く。

そんなデジタル社会の到来によって、父親が前まで使っていたカセット関連の一式を僕が譲り受け、カセットは僕の生活の中心になっていった。

まだ10歳になったかならないか、といった年齢の僕は、来る日も来る日もCDからカセットに録音して、自宅ではラジカセ、外ではカセットウォークマン、といった具合で音楽を聴きまくるという日々がスタート。

しかし、10歳くらいの少年が、外でウォークマンを付けて、BEATLESを聴くって...なかなか当時からオヤジな少年であったに違いない...

このカセットがまたいい加減なもので、録音の際、CDの音の高さからかなり下がって録音されてしまい、更に調律が狂ったような音になってしまうのだ。
これは、少年ひのに取って最大の懸案事項で、とにかく気持ち悪く感じて、思い通りに録音されないカセットにイライラしつつ、でも音楽に対するワクワク感、好奇心を抑えきれず、毎日毎日音の悪いカセットを聴いていたのでした。

今となってはその時の気持ち悪い感覚も、良い思い出。

カセットを見ると、昔連れて行ってもらったドライブと、ラジカセで録音後に低くなった音楽を思い出す。

今では音楽配信やインターネットで簡単に聴けたり、音楽というより「データ」という意識が強くなってしまって味気ないけど、当時の音楽の聞き方って今に比べると特別な感覚があったように思う。

  

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時計の針を戻ったなら

2016-10-3

時計の針が戻ったなら




僕は生まれも育ちも新潟県新潟市育ち。
何代も前の我が先祖が京都から新潟に来て以来、新潟は我が家系の故郷である。
本来の故郷である京都なんて修学旅行に2回、個人的に1回しか行ったことがないので、ぜーーんぜん分からないけど、新潟のことなら大体分かる。


そんな故郷を大学進学に合わせて出て、もう12年になる。
学生の頃は長期休暇には絶対に帰省していたが、最近ではなかなかスケジュールの折り合いがつかず、まさに遠くに思うだけに留まっている。


新潟に帰省すると、必ず行く場所がある。


超寂しがりやの僕は、大抵家族か友人とその場所に、ある意味意図せずに行く。
それは、一軒の割とシャレたイタリアンバーのようなお店で、簡単に言ってしまうと、帰省すると良く友と飲みにいく場所だ。
そこは昔昔、先祖達が生活していた家があった場所。
僕が生まれ育った家は、そことは違う場所だけど同じ地域であるため、僕にとってもなじみ深く懐かしいところ。言わば、ちょー地元だ。


かつて、この場所で自分の○代前の一族が暮らしていた。


時計の針を戻せば、奥さんがご飯を作り、食卓で待ち構える子ども達、仕事帰りの父親も合流して一家団欒、姑さんが、嫁さんの味付けが濃いとか薄いとかで嫁姑バトル?!という光景もあっただろう。


そこから長い月日が流れ、1人死に、1人生まれる。そうして代が変わっていき、今僕につながっている。


うちには家系の記録があるため、先祖達の正確な名前、生没年月日、死因まで書かれていて、ちょっとした想像をかき立て、思いを馳せるのだ。


「あぁー、○○さんはここで生活していたんだなー」

そんな感傷に浸りながら、先祖がいた地でビールを飲む。
僕にとって新潟の町には、そういうところが沢山あるんだ。


祖父が見て過ごした景色、曾祖父が見て過ごした景色、高祖父が見て過ごした景色。

時代が変わり、建物が変わり、道が変わり、大きくその景色も様変わりしてはいるが、時計の針をクルクルと巻き戻していくと、確実に今立っている自分と重なるんだ。


ひの「きっと○○さんも、●●さんもここでビール、あ、当時は日本酒か?をぐびぐび飲んでたに違いないんだぞ?グビグビ」

ひの妹「え?でもおじいちゃんもひいおじいちゃんもお酒飲めなかったんでしょ?」

ひの「そうか!元々は我が家系は、酒は体質的に合わなかったと聞いているな」

ひの「グビグビ うーーん、うまい!やっぱり日本酒は〆張鶴に限るな!グビグビ」

ひの妹「グビグビ」


色々と時代の流れを感じる土地、新潟である。


 


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